ひじきまめ通信

出産、育児、その他もろもろ

【夫婦別姓賛成】好きな姓を名乗らせろ!

結婚して数年経ち、日々家事育児と仕事に追われて、パタパタとしています。

ささいなことは日常のあわただしさにまぎれてしまいますが、唯一今も、思い出すたび、当時味わった嫌な気分が蘇ることがあります。

結婚して、姓が変わったことです。

正確には、姓をどちらかのものに統一しなければならないという法律と、当たり前のように夫側に統一し、それによる妻側の面倒は仕方なしとする文化に対してです 。

 

改姓の経緯

 

結婚する際、私は夫側の姓に変更することにしました。正確には、どちらの姓にするのかの議論をすることなく、当然のように夫の姓にしました。

 

私は一人っ子で、うちの父は長男として一応家を継いでいたため、 実家は婿養子を望んでいたようでした。

私自身は、家を継ぐと言っても家業があるわけでもなく、「婿養子 」に限定するとなかなか相手が居ないこともあり、養子になってく れる人を選んでいたわけではありません。

それでも一度だけ、日常会話の中で軽く、「あなたのほうが名字を変えるのは嫌だよね?」と聞いたことはありました。夫からは「 うん、そうやなぁ」と返事がありました。

事前に深い話をしていたわけでもないですし、夫のほうも重く受け止めて答えた訳でもないと思います(後にはこのやり取り自体忘れていましたし)。

ですが、後から思えば、このとき私は、自分の考えをちゃんと整理し、腰を据えて夫と話し合ってみるべきだったなと思います。結果は同じでも、夫婦で考えて出す結論は納得感が違うので。

 

父方の祖母は、小さい頃、母親代わりに私を育ててくれた時期もあり、ずっと私の結婚を待ち望んでいましたので、結婚の知らせを大変喜んでくれました。ですが、父から婿養子ではないと聞いて、がっかりして泣いていたようでした。

当時はそれを聞いても、面倒なことを言うなぁと思うだけでした。気持ちはわからないでもなかったけれど、私は実際、結婚前に夫とあまりややこしい話をして、夫に、面倒な実家だなと思われると嫌だなとか思っていた気がします。

波風を立てないよう、私は年老いた祖母のことは無視しました。いまではそのことを少し後悔していますが、もう亡くなった祖母に対し、今さらどうすることもできません。

 

ともあれ、日本人のほとんどがそうするように、うちも夫の名字を採用することで決まりました。

 

まさかの旧姓使用不可

 

結婚することが決まってから入籍までは1年程度の期間がありましたが、親戚へは入籍の前月、職場へは、入籍する月に報告しました 。
遅いでしょうか?職場の当時の上司からは、急な報告だなとかなり驚かれてしまったのですが、自分としては報告しなくてもいいぐら いに思っていましたので、何とも思いませんでした。

結婚式も披露宴もするつもりなく、すでに一緒に住んでいたため住環境も変わらず、さらに職場では旧姓をそのまま使用するつもりでしたので、色んな意味で早く報告する必要性を感じませんでした。

自分があまり、職場でプライベートな話をすることが好きではないということもあります。 仕事とプライベートは切り離していたいと常々思っています。

 

ですが、落とし穴がありました。旧姓の使用が認められなかったの です。

 

うちの会社は従業員200人規模の中小企業であり、色んな面で古い文化もたくさん残っていますが、まさかこのご時世に旧姓使用ができない(というか旧姓を使うという文化がない)とは想像もしていませんでした。

当時の上司から、「戸籍と違う名前を名乗ることはコンプライアン スに違反しており、零細企業ならともかく、うちぐらいの規模の会 社でそんなことは認められない」と言われたことは、 おそらくこれから先も忘れません。

逆や逆!規模が大きくなるほど、アンタのような古い人間おれへんわ!と心の中で思いましたが、少なくともうちの会社においてはこ ういう意見も一定数あったようで、とてもガッカリしました。

とともに、自分が今まで30年以上慣れ親しんだ大切な姓を名乗ることが、ある日を境に経歴詐称になるかのように言われたことは、 想像以上にショックなことでした。

 

結婚しないことも考えた

 

コンプライアンス違反とまで言われ、逆に意地になった私は、絶対職場では旧姓しか使わないと決めて、ローカルルールで今も旧姓を使い続けています。

会社から正式に旧姓を認められているわけではなく、例えば社員証は夫の姓ですし、グループウェアで検索して出てくる社員情報では夫の姓になっており、つまり会社が管理するデータベース上は全て夫の姓で す。

ですが、本来、姓に紐づいたメールアドレスに変更されるはずのアドレスは変更しないよう、直接システム担当の方にかけあってそのまま残してもらっています。

名刺も旧姓のままで作れるように個人で調整し、少なくとも対外的には旧姓のままで見えている状態です。

周りからは、社内システム上で見える姓と本人が名乗る姓が違うこ とで、どっちなのか確認されることも多く、あるいは特に確認なく 夫の姓で呼ばれることも多く(名札がそうなのだから当たり前)、そのたびに小さなイライラを今も感じながら仕事をしています。

イライラするなら、意地を張らなくてもいいと思われるかもしれま せんが、旧姓を使いたい理由は(意地以外にも) ちゃんとあります。

 

私は営業をしているので、多くのお客様、パートナー様とのお付き 合いがあります。それらのすべてに、姓の変更・ アドレスの変更の連絡をし、お相手にも変更の手間をかけさせる必要性を感じません。仕事上のお付き合いしかないお相手にとって、私の結婚の報告などどうでもいいことです。万一お祝いなど気を遣わせたら本当に申し訳ない。

あと、こんなこというのはなんですが、仮に離婚して姓が戻った場合も、同様に連絡するハメになるわけです。結婚ならまだしも離婚情報までばらまかないといけないなんて苦痛以外の何者でもない。

総務部門では給与関連など、通帳や銀行口座名とのリンクが必要な処理があり、そちらで戸籍上の名前を把握する必要があることは理 解しています。

よってそちらでは夫の姓で管理してもらえばいいと思っており、それ以外のシーンでは、今まで通りの管理をしてもらうと、そのこと がそれほど大変だとは思えません。

なおかつ、顧客先など他社を見ても、結婚後の旧姓使用はスタンダードになってきており、うちの会社の状況のほうが昨今のスタン ダードから外れていると考えています。

つまりは、会社が「そう決めればそうなる」ものを「決めようとしていない」だけというのが実情であり、決まっていないから認めら れないと言われても納得するわけにはいきません。

 

とまぁこんなことを何度もやり取りし、結局本人と会社のどちらも折り合わないまま今に至るわけですが、自分の足元ですらこんな状況なのに、国家レベルの(夫婦別姓に関する)法改正検討が進むわけはないなと実感しますよね。。
入籍を控えた、本来は楽しいはずの時期に、こういった不毛なやり取りが重なり、本気で結婚を辞めることも考えました。

辞めるといっても、夫と一緒にはなるつもりでした。考えたのは、 いわゆる「事実婚」を選択するということです。
実際に、別姓が認められないため、事実婚を選択する夫婦はいらっ しゃるようです。

 

事実婚の壁

 

会社での不毛なやり取りに疲れ、また姓が変わることによる役所関連の手続きや、銀行、運転免許、ローンの契約、 携帯もそうメルマガなどもそう、あれもこれもそれもどれもぜーんぶ名義変更の手続きをさせられることなど、すべてが嫌になり、籍を入れないことも考えました。

 

ですが、2つの理由でそれも断念しました。

 

1つは事実婚であることで被る法的な不利益。もう1つは実家の母親の反対でした。

 

法的な不利益とは、例えば事実婚の夫婦は、法的には相続関係が認められないこと(遺言による相続は可能だが相続税が課税される) 、子どもが生まれても法的には非嫡出子として扱われること(認知が必要)、配偶者控除などの法的な控除が受けられないことなど様々です。

実際にはもっとたくさんの面倒が降りかかります。例えばですが、 子どもが生まれて以降、今までたくさんの手続きをしてきました。その全てが、父親の扶養する家族という前提で、父親に紐づいた手続きであることが前提になっていると感じます。

もちろん、夫婦が事実婚であることを踏まえた個別の手続きは可能だと思いますが、一つ一つがかなり面倒なやり取りになることが想像できます。

事実婚の場合は子どもは母親の籍に入るため、書類上はシングルマザーのようになると思われますが、実際は扶養する父親が居るため、姓の違う父親の存在を都度説明し 、お役所の指示に従いイレギュラーな処理をしなければいけません 。現行規則では対応しきれないものも多々出てくるでしょう。

法的には母親と子どもの二人家族に見えても、実態は違うので 、ひとり親世帯に支払われる手当関係はもちろんもらえません。メリットは何もなく、ただ面倒なだけ。

 

もう一つ、母親の反対ということですが、つまり社会的な体面が良 くないということです。

私自身にはその感覚は無いのですが、母の世代にとって、法的な手続きがされていないということは、「籍を入れてもらえていない」という見方になるそうです。
「夫の籍に入れてもらえる」ことが誇らしいことという価値観で、 どうもピンときませんが、うちの母に限った意見ではないようです 。

そもそもですが、「籍を入れる」「入籍」という言葉自体、実態と違っていますよね。
夫婦は婚姻届を出すことで、新たな戸籍を作り、そこに二人で登録されます。決して「夫(あるいは妻)の籍に入れてもらう」 のではなく、夫婦ともに今までの戸籍から独立し、新たに出発するのです。

入籍で はなく「創籍」です。

 

…という論理は屁理屈であり、まだまだ今の日本では、夫の戸籍に入るんだ、それで初めて結婚したことになるんだという価値観が根強 く、母からもぜひ籍だけは入れてくれと懇願されました。

 

このように、法的な面倒事、不利益を甘んじて受ける覚悟を持ち、 また母の切なる願いも無視した上で、事実婚を選択することは結局できませんでした。

「選択的夫婦別姓」が認められていれば、すべてが解決するのにと思いながら、婚姻届を出したものでした。

 

何で反対なん?

 

選択的夫婦別姓制度は、すでに議論され始めてからかなりの時間が経っていますが、導入議論が進んでいないという現実があります。

反対意見が根強いということだと思います。

が。

なぜ反対なのか本当に理解に苦しみます。

別姓にすると家族の絆が薄れる とか。子どもにとって好ましくない とか。

反対意見のすべてに対し、私は鼻で笑い、時には軽蔑すらしていますが、かといって否定はしません。人には色んな考え方があります から。

反対の人はそれを貫けばいい。同姓にすればいいのです。

そう、「選択的」なのだから、個人が選べばいいのです。反対する人にまで同姓を強制するような法改正ではありません。

なのに、なんで法改正そのものに反対なん?

これは本当にわからないのですが、わからんなりに考えたいちばんの理由は、「反対意見アレルギー」なのかなと。

賛成と反対の割合は、70代以降で反対意見のほうが多数を占めるようです。それより若い年代は、賛成のほうが多勢です。

70代といえばまさにうちの親の世代です。(うちの母は法改正に反対ではないようですが)

主にこの世代の方にとって、今まで当たり前と信じてきたことが否定され、相容れない意見が世の中にまかり通る状態は耐え難いのかなと推測します。

身体に入った異物を外に排出しようとする免疫機能のごとく、相容れない意見を排除したい気持ちが抑えられない、アレルギー反応のようなものかと。
おそらくこの方たちにとって夫婦別姓が実現することは、それまで保たれていた秩序(=幻想)や、唯一理想とする家族の形( =実は理想形の1つでしかない)が壊されていくという危機感を感じるほどに、許容しがたいことなのかもしれません。


多様性を受け入れるのは、歳をとるほど簡単ではなくなるのかもしれず、自分も例外ではないはずなので、常に警戒しておきたいとこ ろです。

 

自分の姓を残したいという気持ち

 

私が姓を変えたくなかった理由はすでに書いた通り、
・旧姓を残したかった
・職場の調整を含めて、手続きが煩雑で嫌だった
・夫側の姓になることが当然のような風潮に疑問があった

こういった理由です。

なかでも、「旧姓を残したかった」という感覚は、旧姓を失うまで考えたことがなかった感情でした。

私の旧姓は珍しい部類のもので、全国に約20~30人程度しかい ません、だからといって何か良いことなど特になく、むしろ電話などではしょっちゅう聞き返されますし、ハンコも既製品では売っていないため、すぐに欲しいときには苦労してきました。

むしろ佐藤さんとか田中さんとか、聞き取りやすく100均でハンコが見つかる姓のほうがいいとすら思っていました。

そしていざ、30も半ばになって結婚が決まり、望み通り夫となる人の姓は珍しくないシンプルなもの。その姓になることに抵抗はな いはずでした。

でもなぜか急に、自分の姓を捨てることがとてもさびしいという感情が芽生えたのです。

私はひとりっこですし、親戚にも男の子どもがいません。そのままだと旧姓の名字は父の代で終わりです。

父の祖父母(私の曽祖父母)の代でも、家を継ぐ人が居なくなったらしく、苦肉の策で、私の祖父母は両方とも養子として、それぞれ別の戸籍から迎えられています。

そうまでしてなんとか父まではつないだものの、それも終わりなのかなと思うと、少なくとも父と祖母(祖父はすでに他界)はとても残念だったことと思います。

それも時代の流れと、最後は受け入れてくれていましたが、意外にも私本人に抵抗感が出てくると。

わからないものです。

 

私が夫婦別姓を認めてほしい理由は、今のとなっては、旧姓への愛着が芽生えたことが一番かもしれません。先祖代々の、家系みたいなものを意識しはじめたことは明白です。

夫婦別姓は新しい考え方ですが、根本では自分の中の古い価値観がそれを求めていると。

自分でも矛盾するように感じますが、事実だから仕方ないです 。

 

多様性を受け入れる社会に

 

夫婦別姓もそう。事実婚もそう。結婚する気はないが子どもは欲しいという生き方を選ぶ人生もあります。女性同士の結婚もある。

何を選んでも、他人から水を差されることなく、どんな不利益を被ることもない、 寛容な社会になってほしいと心から思います。

そんな世の中にしていくためにも、信じたことは声高に主張し続けたいと思っています。

私の娘の時代がよりよくなるために。